# 2025-04-15 [[🎞️『ベイビーガール』]]を観る
![[ネタバレ#^warning]]
## 感想
劇場で鑑賞。

### エロティックスリラー?
たとえご立派な成功者であったとしても欲望のコントロールは難しい。きっと、そうあって欲しい。
そういった庶民の願いからか、フィクションにおいては欲望をきっかけに破滅に向かう成功者、というのはエンタメとして多く描かれてきたように思う。
本作の主人公は女性だ。物流ロボットを扱って成功を収めたテクノロジー企業のCEO**ロミー**([[👤ニコール・キッドマン]])。華麗なキャリアに加えて幸福な家庭も手にした彼女だったが、夫との性生活には不満な様子。
そこに現れたインターンの青年**サミュエル**([[👤ハリス・ディキンソン]])にその内にあるマゾヒスティックな欲望を見抜かれ、取引をけしかけられる。
### エロティックスリラーから、社会の価値観の変化をめぐる物語へ
こうして支配・被支配の不倫関係が始まって、危険な火遊びの果てに修羅場が待っているのだが、本作は権力者が破滅する姿を見て暗いカタルシスを味わう――という類の作品ではなかった。
ビジネス界でひとつのトップに上り詰めた女性という主人公像がそもそも現代的だ。そんなスタート地点から、旧来的な類型のレールから外れて、着地点もズレたところに行き着くというのは当然と言えば当然。
それでは成功者の欲望の暴走と不倫というこの型を用いて本作が描こうとしていること(そして私が本作で面白がっていること)は何か。
私の見立ては、ここ十数年の「セクシュアリティの多様化」と「資本主義社会」のふたつの変化を重ね合わせるという試みだ。
前者の「セクシュアリティの多様化」についてはロミーと夫**ジェイコブ**([[👤アントニオ・バンデラス]])、間男のサミュエルとの関係に描かれる。
終盤の修羅場で、ジェイコブはロミーの「マゾ性感」をファンタジーだと断じる。ここでジェイコブの職業が舞台演出家という、まさにフィクションに携わる人間である点が面白い。
しかし、実際問題としてロミーはジェイコブとのセックスではオーガズムに達することができず、逆に彼女を挑発して犬のように愛でるサミュエルとのセックスでストレスを解消している。そのことを突きつけられて呼吸困難に陥るジェイコブの姿は心苦しかったりもする。
サイドエピソードではロミーの娘のひとりである**イザベル**([[👤エスター・マクレガー]])がレズビアンであることがさらりと描かれており、ここからも本作の方向性が垣間見える。
以上のようにパートナーに対して性的に「普通(ノーマル)」であることを求めてしまうことの危うさは[[🎞️『正欲』]]を思い出すテーマ性でもあった。
後者の「資本主義社会」についてはロミーの右腕である**エスメ**([[👤ソフィー・ワイルド]])との関係に描かれる。
エスメは同じく女性でありながらトップの地位を掴み取ったロミーを尊敬し、その地位を守ろうとする。終いにはロミーとサミュエルの関係に気が付きつつも、自分が尊敬するロミーとして振る舞ってほしいと彼女をかばう。
そもそも現代のアメリカでロミーのような女性が大企業のトップに君臨できるようになったのは近年の[[DEI]]の取り組みが大きく影響している。資本主義社会は構造上の本義を資本の自己増殖に置きつつ、現代は持続可能性などさまざまな価値観がせめぎ合っている。その変化の波を逃さず掴もうとしているのがエスメだ。
いずれも社会の価値観の変化の渦中に立つ存在が主人公のロミーだ。
そんなロミーを中心として、前世代のジェイコブはその変化の波に取り残されており、現世代のサミュエルやエスメはその変化の波を乗りこなしている、といえるだろう。
同じく今年公開の[[🎞️『エマニュエル』]]と並べて、女性監督による現代フェミニズムの流れを汲んだ官能映画として捉えるのも面白いかもしれない。
>[!check]
> かつては男性観客の向けて作られていたポルノジャンルの映画であったが、女性キャラクターのコントロール権に着目した作品が増えてきている印象だ。
>
> - [[2025-01-17 🎞️『エマニュエル』を観る]]
## 情報
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