# 2025-06-29 [[🎞️『ドールハウス』]]を観る
## 感想
劇場で鑑賞。

### ミステリーか、ホラーか?
ずばり人形ホラーである。日本人形に絞ってもこれまでに何回もこすられてきた定番ジャンル映画だが、それを[[👤矢口史靖]]監督×[[👤長澤まさみ]]という豪華な座組で撮るということで一体どのような出来になるのかまるで読めなかった。結果から言えば傑作だった。
不慮の事故で娘を亡くして絶望の淵に立つ**佳恵**([[👤長澤まさみ]])は骨董品市で見つけた日本人形に魅入られる。夫の**忠彦**([[👤瀬戸康史]])もその入れ込みように不安を覚えるも、ドールセラピーとして佳恵の奇行に付き合うことに。
二人の間に第二子の**真衣**([[👤池村碧彩]])が誕生すると佳恵も立ち直り、人形は押し入れに。それから5年後、真衣は人形を見つけ「あや」と名付ける。それ以降、奇妙な出来事が一家を襲うことになる。
こうあらすじを書くとどう見てもホラー映画のそれなのだが、宣伝では「ホラー」という語をなるべく避けて「ドールミステリー」と言いたがっているようだ。
昨今の傾向から「ホラー」として宣伝すると客層を選んでしまい興行としてデメリットがあるという判断なのだろう。だからこそ観客が声を上げて広める必要がある。本作はちゃんと怖くて楽しいホラー映画なのだと。
### サービス盛りだくさん
冒頭、悲惨な姿で亡くなった娘の姿を目にしたであろう佳恵=[[👤長澤まさみ]]の絶叫顔から、これからはじまる不気味な物語の開幕だ。
ここでのポイントは「目にしたであろう」の部分。この映画は[[東宝]]配給でこの座組なだけあり、直接的な残酷描写はかなり抑えめである。「ゴアやビックリがなくとも怖がらせてやる」というメジャー映画としての気概を感じる。
以降、中盤までベタながら巧みなホラー演出でグイグイ引っ張る。
家族の中で主人公である佳恵だけが人形に違和感を覚えて偏執病的な恐怖を演出するその手つきは[[🎞️『エスター』]]を彷彿とさせる。
捨てた人形がどうしてもまた家に戻ってきてしまうという展開もホラー映画あるあるだろう。
また、近年のホラー映画の定番である[[YouTuber]]演出も取り込んでみせる。いかにも[[YouTube]]動画らしい安っぽい映像がそれまでの映画の絵力との落差を生んでいておかしみがあるし、何より[[YouTube]]らしい映像演出はそのしょうもなさから恐怖に対する卑近な野次馬根性を思い出させてくれる。
そして後半以降に登場する<ruby>呪禁師<rt>じゅごんし</rt></ruby>の**神田**([[👤田中哲司]])は呪いの人形のプロフェッショナルというフィクショナルな存在ながら、その「本物っぽさ」の描写で楽しませてくれる。[[🎞️『来る。』]]終盤のあの雰囲気といえば伝わるだろうか。
そして何と言っても怖いのは、親目線に立って子供に危害が生じるのではないかという恐怖だ。
私自身は独身であるが、娘を持つ友人がこれを見たらどう感じるのだろうかといったことがどうしても脳裏によぎってしまう。
大人が、特に親が主人公のホラーの醍醐味はここにあるだろう。まだ幼い子供の存在や行動に不安にさせられる。近年の類作でいえば[[🎞️『LAMB/ラム』]]で抱いたあの感覚だ。
### 情念
本作の恐ろしさの根底にあるのが、人が抱く憎愛にまつわる情念だ。
亡くなった娘の代わりに一時だけ深い愛情を注がれた人形が、新しい娘の誕生と同時に脇へと追いやられる姿を見て観客は「あーもうだめだ」と天を仰ぎたくなる。
それから娘が人形を見つけてからの一連の恐怖シーンには「ほら言わんこっちゃない」と恐れつつ呆れてしまう。
しかし呆れながらも、ある対象に対して深い愛憎の情念を抱いてしまうことは自らにもありえることだと感じさせ、その情念が現実に恐怖の引き金になるかはともかく、なんともリアルに感じさせるのだ。
物語のオチも、ある人物のあまりにも深い情念によって導かれる。
その納得感・爽快感とともに、最後まで情念にまつわる映画として走りきってくれたことに変に感動してしまい、「面白すぎて泣く」ということを久々に体験した。楽しい映画をありがとう。
## 情報
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