# 2025-09-21 [[🎞️『ベートーヴェン捏造』]]を観る ## 感想 劇場で鑑賞。 ![Xユーザーのこーしんりょー@SpiSignalさん: 「『ベートーヴェン捏造』観た。あの原作を音楽教師が生徒に読み聞かせているという形に落とし込んだ脚色が見事。シンドラーがついに会話帳への捏造をはじめた際に空想上のベートーヴェンを召喚し、語りかけ恍惚とする映像に、「これ、俺じゃん…」と思ってしまった。俺もまたシンドラーだ。」 / X](https://x.com/KO_SHIN_RYO/status/1969691435508420737) >[!info] > ![[🎞️『ベートーヴェン捏造』#概要]] ### 原作履修済み 私は漫画をさっぱり読まない。読書は人並みにしているつもりでいるが、選ぶ本の傾向として文芸の割合は低いほうだ。 だから「原作モノ」の映画を、原作を履修した状態で鑑賞することは珍しい。今年で言えば辛うじて[[🎞️『8番出口』]]は実況プレイ動画を見たくらいだが、それを履修と呼ぶには憚られる。 世にいる多くのオタクはどうやら「原作モノ」の実写映画に忌避感を持つ傾向にあると見受けられるが、私はあまりそういったことを考えたことがない。それは好きな原作の実写映画を観た経験が少ないからなのかもしれない。 そういう意味では本作は珍しく原作履修済みの映画化作品だ。 本作の制作発表がされる前、昨年の8月ごろに読み非常に楽しんだ一冊である。 そのうえで今回の映画化では出だしの脚色で勝っていると感じた。倫理にもとる行為により[[👤ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ベートーヴェン]]([[👤古田新太]])をプロデュースした男・[[👤アントン・フェリックス・シンドラー]]([[👤山田裕貴]])の生涯を、音楽教師がひとりの中学生に「物語る」形式に翻案してみせたのである。 ### バーチャルプロダクションによる演劇的空間 本作は音楽教師が生徒に[[👤アントン・フェリックス・シンドラー|シンドラー]]の物語を語る現代パートが1割ほど、19世紀ヨーロッパを舞台とした[[👤アントン・フェリックス・シンドラー|シンドラー]]を主人公としたパートが9割ほどの割合で展開していく。 19世紀ヨーロッパを日本人キャストによる日本語の演技でやりきるのが特徴だ。 その実現にあたって本作は[[バーチャルプロダクション]]を導入する。これは大型LEDディスプレイ(LEDウォール)に表示したリアルタイム生成の背景映像を用い、その前にセットを組んで俳優を撮影する技術である。背景はカメラの位置や動きに合わせて変化するため、現実と仮想空間を自然に融合させることができる。 本作が[[バーチャルプロダクション]]を利用して作り出そうとしているものは、映画的なリアリティというよりも演劇的な空間だ。 リアルな19世紀の西欧の街並みを完璧に作りこむのではなく、ややぼかすことによって全体的に抽象化された「19世紀西欧の街並みらしさ」を立ち現せ、その面前で役者に演技をさせる。 その演技もお笑い出身の[[👤バカリズム]]さんらしい、掛け合いの間合いが生じさせるおかしみの部分を作り込んだもので、やはり演劇的に感じられる。 つまりこの映画が観客に見せるものは、現実世界で音楽教師が語る物語を聴きながら、生徒の脳内で繰り広げられる演劇の映像化なのだ。そこで演じている人々は生徒の記憶にある大人たちで、つまりはプロローグですれ違う先生たちとなっている。 ここまでとことん抽象化しているからこそ、観客も日本人が西欧人を演じることを受け入れられるというからくりだ。「古代ローマ人に見える彫りの深い顔の日本人を集める」という[[🎞️『テルマエ・ロマエ』]]とは対照的なアプローチである。 ### なぜ人は捏造してしまうのか 原作の面白さは、19世紀のウィーンにも現代日本的な「推し」的発想を持つファンは当然存在し、そのファンが暴走した果てに歪んだベートーヴェン像が生み出されてしまった[[ポスト・トゥルース]]的状況が見えてくるところだ。 つまりは200年が経過しても人類はそんなに変わっていないということを親しみやすいキャラクターで活写してみせるところに魅力がある。 この映画化では現代パートが差し込まれることでその点がより強調される。 ある偉人を尊敬するあまり、その生き様の美しさや偉大さを信じさせてくれる物語のほうが「面白い」。そして、まさにそこにこそフェイクが差し挟まる隙が生じることを、この映画は見事に補足してみせる。 ### 私もシンドラー そんな本作において個人的にもっとも好きなシーンは、ついにシンドラーがベートーヴェンの会話帳(難聴だったベートーヴェンが筆談に用いた手帳)に存在しない記述を追加し、捏造に手をかける場面だ。 その行為は、シンドラーにとってすでに亡くなったイマジナリー・ベートーヴェンとの対話となる。単に伝記を盛るのとは話が違う、事実でない対話の証拠を捏造する作業に倫理的な葛藤を抱きながらも、彼はこの対話に熱中してしまう。 [[炎道イフリナ|この世に存在しないもの]]に心奪われ時に虚空と会話をしてしまう私もまたシンドラー的な一面がないとも言えず、このような描写がある作品はどうしても愛おしく思ってしまう。わりとサイテーな自己愛だという自覚はあるが、こういうものは分かっているからと言っておいそれと止められるものでもないのだ。 ## 情報 ![[🎞️『ベートーヴェン捏造』#予告編]] ![[🎞️『ベートーヴェン捏造』#主要スタッフ]] ![[🎞️『ベートーヴェン捏造』#関連リンク]]