# 2025-09-28 [[📘『ファラオの密室』]]を読む
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## 感想
### エジプト神話劇
日本から遠く離れた場所、遠く離れた時代を舞台としながら、現代的なエンターテインメントに見事に落とし込まれた秀作に触れると嬉しくなる。本作[[📘『ファラオの密室』]]はそんな一作だ。
ミイラとして埋葬された死者が蘇り、地上を歩き回る。
作中の描写からするとそれは極めて稀な現象なのだろうが、登場人物たちは驚きも控えめに淡々と受け止める。まあ、そんなこともあるのだろうと構える温度感が面白い。
そんな世界観に生きる人々を描いた作品であり、その非現実性から「古代エジプトをモチーフとした異世界ファンタジー」と言える。しかし個人的には神話を描いたフィクション作品として読むのがしっくりくる。
砂漠にそびえる巨大な<ruby>金字塔<rt>ピラミッド</rt></ruby>を背景に展開される、生者と死者と神々が織りなすエジプト神話劇だ。
### 二人の主人公
この神話的世界観を前提に、論理的な密室ミステリーが構築されている点がユニークだ。
探偵役を務めるのは蘇った死者である元神官の**セティ**。冥界で真実の神**アマト**の審判を受ける際、心臓に欠けがあるために裁けないとされ、三日以内に心臓の欠片を見つけ出して棺へ戻るよう命じられる。
彼が挑むのは二つの謎――自らの死と欠けた心臓の行方、そして先代ファラオのミイラが玄室から消えた事件だ。
前者は自らの来世の幸福のため、後者は生前に仕えた国と仲間たちのため。動機は対照的だが、いずれも彼を突き動かす切実な理由となっている。
死者は第二の生を得られるというこの世界観特有の動機である点に新鮮さを覚えるが、その本質は自愛と他愛という普遍的なものであるため共感もできる。この新鮮さと普遍性の両立こそ本作の魅力だ。
もう一人の主人公、奴隷の少女**カリ**の存在も忘れがたい。彼女は古代エジプトの世界観の外からやってきた異分子であり、読者がもっとも感情移入しやすい対象だ。
丸々一章を割いて彼女の奴隷としての苛烈な境遇を描くからこそ、後半での活躍に思わず胸が熱くなる。理解困難なエジプト神話的世界観の見通しを良くする視点の代行者としても、ミステリーを解決に導く最後のピースとしても、彼女はこの物語に欠かせない重要かつ魅力的なキャラクターだった。
セティとカリ、二人の視点が交差することで死と生、信仰と自由といったテーマが浮かび上がる。神話とミステリーの異色の融合を高いレベルで達成している好ましい一冊だった。
## 情報
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