# 2025-10-21 [[📘『「選択肢」の選択史 ニトロプラスのシナリオライターはノベルゲームをどう作ってきたか』]]を読む ## 感想 >[!info] > ![[📘『「選択肢」の選択史 ニトロプラスのシナリオライターはノベルゲームをどう作ってきたか』#概要]] ### [[👤下倉バイオ]]の全仕事 私はあまり「作家買い」をしないエロゲーマーだと自認しているが、数少ない例外が[[👤下倉バイオ]]である。 とりあえず彼の作品なら買う、そう決めている数少ないクリエイターのひとりだ。 特に[[🎮️『スマガ』]]と[[🎮️『君と彼女と彼女の恋。』]]の二作はオールタイムベスト級に好きな作品だ。[[🎮️『凍京NECRO』]]や[[🎮️『みにくいモジカの子』]]もユニークなコンセプトで楽しませてくれた。 ルナリア([[🎮️『月光のカルネヴァーレ』]])、スピカ([[🎮️『スマガ』]])、アオイ([[🎮️『君と彼女と彼女の恋。』]])など、墓まで持っていきたいほど愛したキャラクターも数多い。 彼が一貫して[[ニトロプラス]]に所属していることも大きい。 作家性の強いチャレンジングな企画に取り組もうという気骨のある企業だからこそ、大規模なゲーム作品で彼の創造性をいかんなく発揮できているところもある。 本書ではそんな[[👤下倉バイオ]]が自ら関わった作品について、特に**選択肢**や**ルート分岐**といった[[エロゲー]]や[[ノベルゲーム]]に特有のストーリーテリングの仕掛けを中心に何を考えて創作してきたかを振り返る。 演劇や小説、映画と比べて、ゲーム(エロゲー)はまだまだ新しい物語媒体だ。 そして新しいものには常に新しい問題が生じるものである。 ゲームの場合はインタラクティブ性、すなわち(それまでの観劇者・読者・鑑賞者などに当たる)プレイヤーが物語に大きく干渉できる点が新しく、人によってはそこに無視することのできない問題を見出すこととなる。 ### そこに問題はある ずばり「問題」とその名に冠する代表的な話題として[[Kanon問題]]がある。本書でも簡単に触れられているが、つまりは主人公に選ばれなかったヒロインはそのルートで不幸になるのではないか? というものだ。 エロゲーの物語の類型としてヒロインが抱える悩みを主人公が解消することで恋愛に発展するものがあり、ならば主人公に選ばれなかったヒロインは悩みを抱えたままその後を生きていくのではないかと想像してしまう。 特にその悩みが生死に関わるようなものであるならば選ばれなかったヒロインは(主人公と選ばれたヒロインの幸福の裏で)死んでしまうのではないか。そんなところに倫理的な気持ち悪さを覚える人もいるだろう。 さらに本書では度々「トゥルーエンド」や「グランドエンド」といった、ゲームの最後にプレイすることとなるルートやエンディングに対する納得のいかなさ、もっといえば拒否感が表明される。 トゥルーエンド以外のルートは、すべてそれを解放するための踏み台にすぎないのか。 トゥルーでない物語を生きた登場人物たちの感情は、どう受け止めればよいのか。 そうした問いが、分岐する物語ならではの倫理的問題として浮かび上がる。 [[👤下倉バイオ]]はエロゲーやノベルゲームを制作するなかで、こうした問題に何度も直面してきた。 本書は、それらにどう折り合いをつけ、どんな解答を見出したかを記した記録であり、同時に[[🎮️『スマガ』]]や[[🎮️『君と彼女と彼女の恋。』]]といった特異な作品がなぜあのような構造になっているのかという根幹の謎を解く書でもある。 しかも面白いのは、問題と解答の流れが段階的に描かれている点だ。 前作で直面した課題が次作のアイデアの源泉となり、作品を重ねるたびに問題が深化し、解答も洗練されていく。 その創作の歩みを追う過程そのものがスリリングなため、この書籍単体でも十分に面白いのである。 ### ルート分岐の倫理学 エロゲーとは、ヒロインあってのものだと私は思う。 ヒロインをどのように扱おうとそれがフィクションである以上、創作者とプレイヤーの自由である。 あるヒロインの幸福も絶望も、そして性愛すらも思いのまま。だからこそ私は数ある物語媒体の中でエロゲーを好んでいる。 だが、自由だからこそ、そこに倫理観が必要になる。 ヒロインの存在や感情が嘘っぱちであるからこそ、私たちはそれを自由に扱える。 しかし、単なる嘘っぱちでは深く愛せない。 愛するためには、その嘘っぱちを――ヒロインの存在や感情を――どこかで信じる必要がある。 [[👤下倉バイオ]]が分岐する物語を創作するうえで重視してきた倫理観は、私がヒロインを信じられるようになるための基盤をつくる。 「信じること」の前に立ちふさがる[[Kanon問題]]やトゥルーエンドといった難儀な障害を、なあなあで済ませず、プレイヤーにも納得できる形で解決しようと試みる。 そこが彼の作品の面白さであり、私が彼の作品を好む理由でもある。 ……もっとも、たまにその基盤がびっくりするほど頑強過ぎて、[[🎮️『君と彼女と彼女の恋。』]]のような信仰の果てに待つ呪いみたいなものを受け取ったりもするのだが。 ## 情報 ![[📘『「選択肢」の選択史 ニトロプラスのシナリオライターはノベルゲームをどう作ってきたか』#目次]] ![[📘『「選択肢」の選択史 ニトロプラスのシナリオライターはノベルゲームをどう作ってきたか』#関連リンク]]