# 2025-11-13 [[🎞️『愚か者の身分』]]を観る
## 感想
劇場で鑑賞。

>[!info]
> ![[🎞️『愚か者の身分』#概要]]
### 幸福になりたい愚かな私たちは
人は自らの幸福のために生きている。貧困のために幸福が掴めないのであれば、貧困から抜け出すしかない。貧困から抜け出すためには金を稼ぐしかない。
しかし真っ当に金を稼ぐためには条件がある。たとえば信頼。最低限の信頼関係を結べなければ契約ができず、信頼関係を結ぶための最初のハードルが身分証だ。
そこで現在の身元になんらかの問題がある者にとっては偽造身分証の材料として他人の戸籍に需要が生まれ、戸籍の売買というビジネスが成立する。
もちろん犯罪なので需要の大きさと危険性への対価から大きな金額が動く。だから、やはり貧困から抜け出したい者たちが危険と隣合わせなそのビジネスに手を染める。そして戸籍を売る側は実質何をせずとも大金が転がり込む。
買う者、仲介する者、売る者の間でwin-win-winである。表向きは。
注目すべきはここでの登場人物がみんな自らの幸福のために犯罪に手を染めているということだ。
みんながみんな、幸せになりたい。しかしそのための手っ取り早い方法は、大抵が地獄に繋がっている。
[[🎞️『愚か者の身分』]]は戸籍売買の仲介に手を染めた若者たちが暴力に絡め取られ、そこから抜け出そうと足掻く[[ノワール]]だ。
主な登場人物は三人。
**梶谷**([[👤綾野剛]])が**タクヤ**([[👤北村匠海]])に戸籍売買のやり方を教え、タクヤが**マモル**([[👤林裕太]])をその道に引き入れる。
三者がそれぞれ先輩・後輩の関係にあり、先輩は後輩をこの道に誘ったことにいくらかの罪悪感を抱えている。そんな中、ある決定的な事件がタクヤの身に起こる。
裏社会からなんとか抜け出そうとしたそのタイミングに図ったかのように襲いかかる暴力は、直接的には描かれないもののリアリティがあり強烈だ。
特にタクヤが自身の身に何が起こったのかを事後的に理解していく過程が[[👤北村匠海]]の迫真の演技で描かれ、精神的に食らうものがあった。
そんな彼らが自らの幸福ではなく、他者である後輩の幸福を願ってとった行動の行き着く先は、はたしていかなる着地をみせるか。
### 新宿歌舞伎町の現在地
直近で観た[[🎞️『ミーツ・ザ・ワールド』]]を観た直後は、映画館から夕暮れの新宿の街へと吐き出されたときにその街に美しさを感じたものだ。
一方で、本作を観た直後も映画館から深夜の新宿の街へと吐き出されたが、そこで覚えた感情は恐怖だった。
>[!check]
> 新宿・歌舞伎町を舞台としておりロケ地もかなり被っているこの二作が同日公開というのも珍しい現象だ。
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> - [[2025-11-01 🎞️『ミーツ・ザ・ワールド』を観る]]
新宿歌舞伎町。日本最大の歓楽街にして、近年の再開発で観光地化が進んだことでかつてのような反社的なイメージは軽減されている。
その結果、ヤクザや暴力団といった大人の支配が裏に潜ったことでその空白地帯に子供が入り込み、[[トー横キッズ]]や闇バイトなどといった形で新たな問題構造が可視化されるようになった印象だ。
そんな街の現在を舞台に、どちらも「若者が消える」ことを描いた二作を比較するのも面白そうだ。
### 座組をチェック
本稿を書くに当たって調べたところ、本作の座組が面白かったので最後にその点をまとめたい。
監督の[[👤永田琴]]さん。正直お名前も存じ上げていなかったのだが、[[👤岩井俊二]]の助監督としてキャリアを積んでこられたようだ。
フィルモグラフィを眺めると女性向け映画を主戦場とされているようで、バイオレンス色の強いノワール映画である本作は大きな方向転換のように見える。
公式サイトによると、元々原作者の[[👤西尾潤]]さんがヘアメイク・スタイリストの仕事をしていたことから親交があり、原作の初期バージョンをいち早く読んでいたという。自分が描きたいテーマとの親和性もあって後にプロデューサに映画化の提案をしたという流れのようだ。
本作は戸籍売買を描いた映画だ。同じ題材を扱った映画として[[🎞️『ある男』]]を連想したが、脚本家がどちらも[[👤向井康介]]さんだった。
いずれも小説原作の実写化という仕事であるが、戸籍を買う側/売る側の両面で脚本を書いたということで並べて観返してみると面白そうだ。
また、今年の[[👤北村匠海]]主演作といえば[[🎞️『悪い夏』]]があり、こちらも[[👤向井康介]]脚本。やはり題材は生活保護の不正受給をめぐる社会派犯罪ものだ。
>[!check]
> [[👤北村匠海]]に死んだ魚のような目をさせる脚本を書く名手として今回名前を覚えたいと思った。
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> - [[2025-04-05 🎞️『悪い夏』を観る]]
制作の[[THE SEVEN]]はTBS系列で新進気鋭の制作会社であるが、これまでは[[Netflix]]と提携で[[📺️『幽☆遊☆白書』]]や[[📺️『今際の国のアリス』]]シーズン3など手掛けてきた。劇場公開作品は本作が初。
本作の、エンタメ作品として「見るに耐えない」に陥るギリギリ手前までアクセルを踏んだバイオレンス描写のバランス感覚は配信作品の感覚かもしれないと感じた。今後も劇場公開映画を制作するのであれば意識したい。
## 情報
![[🎞️『愚か者の身分』#予告編]]
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