# 2025-12-20 [[🎞️『ボディビルダー』]]を観る ![[ネタバレ#^warning]] ## 感想 劇場で鑑賞。 ![Xユーザーのこーしんりょー@SpiSignalさん: 「『ボディビルダー』観た。厚い肉体によって外界と隔たれた孤独な魂がいつ爆発してしまうのか、終始ヒリヒリ、ハラハラし続けながらの鑑賞でえらく疲れた。私も、隣の人も、いったいいつ爆発するのか分からないこの世の中の恐ろしさ。」 / X](https://x.com/KO_SHIN_RYO/status/2002248390361690327) >[!info] > ![[🎞️『ボディビルダー』#概要]] ### 苦しい映画 まるで[[🎞️『タクシードライバー』]]のように、鬱憤を抱えた孤独な男がそれをいつ爆発させるのかをずっと見せつけられる、しかもそれを2020年代のリアリティで表現する、苦しい映画だ。 主人公の**キリアン・マドックス**([[👤ジョナサン・メジャース]])は世界一のボディビルダーを目指して日々自らの身体をいじめる。 しかしどれだけ鍛えても大会では望ましい結果が得られない。怒りを抑えられない精神的病もあって人付き合いもできず孤立し、彼の人生はどんどん追い詰められていく。 彼の身体がバルクアップする様はまるで限界まで膨らまされた風船のようで、観ていてハラハラしっぱなしだった。 本人はただ美しさを求めて鍛えているはずなのだが、他者から見ればそれは強さ(=暴力)を求めているように見えるという非対称性が残酷だ。 例えば映画後半に白人警官たちから取り囲まれた際の過剰な対応は[[👤ジョージ・フロイド]]の事件を想起させる。白人警官たちが巨漢の黒人男性に対して抱く恐怖感も伝わる痛ましいシーンである。 彼にとってボディビルダーの肉体は美しいものであり、だから自らの身体を他者から触られることを極端に嫌い、同様に彼も他者の身体を触らない。異性への性的欲求もあり、娼婦とホテルに入るシーンもあるが、結局は手を出せずに終える。 そんな彼が劇中ではじめて自覚的に他者の身体に触れるシーンは、彼の願望が叶ったかのように見えて感動的なショットなのだが、その直後のシーンで愕然としてしまう。「触られる」ところを見せないからこそ、そこで何があったのかを観客の想像を掻き立てるところも意地悪な編集だ。 ### 爆弾 本作の鑑賞後に真っ先に思ったことは[[🎞️『爆弾』]]との類似性だった。 >[!check] > 最後の爆弾の行方は[[🎞️『ボディビルダー』]]の結末と重ねられる。 > > - [[2025-11-16 🎞️『爆弾』を観る]] 社会のメインストリームから脱落した男性性が、[[インセル]]的価値観を内包した先にテロリズムにある種の救いを見出す。 筋肉も、爆弾も、重火器も、どれも男性性あるいは暴力の象徴。それはどれも公正や平和、包摂といった現代的価値観からこぼれる古きものだ。 キリアンが最初に怒りを爆発させて暴力を振るうきっかけとなったのも、ベトナム戦争で戦った祖父に無礼を働く塗装屋の言動だった。 その祖父はキリアンに言う。「自分の人生がうまくいかないことを社会のせいにしないお前は偉い」と。しかし実際に社会の趨勢は移り変わり、かつて尊重されていたものも次第に古き悪しき価値観として疎外されるようになっていく。そのひとつが「暴力」である。 ==暴力という概念そのものに、社会に対する復讐の動機を与えてしまっていることが現代の問題のひとつ==なのではないか、というな気がする。 この問題は映画やフィクションの中に収まらない。今、現実にある問題だ。 だから映画館の外に出たとしてもその火種は目に耳に入ってくる。キリアンの厚い肉体の中に宿っていた孤独な魂が鑑賞した私の身体にも埋めこまれている。いつ、どこで爆発するかわからない爆弾のように。 ### ジョナサン・メジャース このタイミングで本作が公開された以上、触れざるを得ないのが主演の[[👤ジョナサン・メジャース]]についてだ。 本作がアメリカで公開された2023年の3月に彼は家庭内暴力の容疑で逮捕され、同年12月に有罪判決を受ける。[[マーベル・シネマティック・ユニバース|MCU]]の新ヴィランである征服者カーンとして初出演した[[🎞️『アントマン&ワスプ:クアントマニア』]]や、[[🎞️『クリード 過去の逆襲』]]などのフランチャイズ作に立て続けに出演したキャリア絶頂のタイミングの出来事だった。 特に[[マーベル・シネマティック・ユニバース|MCU]]は彼の有罪判決直後に彼を解雇し、フランチャイズの長期的な構想の方向転換を余儀なくされ、暗雲が立ち込めた。現在の[[マーベル・シネマティック・ユニバース|MCU]]低迷の要因のひとつとして彼の存在は無視できないだろう。 彼自身は俳優復帰を宣言しており、[[👤マーティン・ヴィルヌーヴ]][^1]監督の『Merciless』という作品に主演予定だという。 大手スタジオに与えたダメージを思うと今後業界で自由に仕事をするのは難しいと思われるが、今後どのような作品に出演し活躍していくのか注目したい。 ## 情報 ![[🎞️『ボディビルダー』#予告編]] ![[🎞️『ボディビルダー』#主要スタッフ]] ![[🎞️『ボディビルダー』#関連リンク]] [^1]: [[👤ドゥニ・ヴィルヌーヴ]]監督の弟。