# 2026-01-24 [[🎞️『MERCY/マーシー AI裁判』]]を観る ## 感想 劇場で鑑賞。 ![Xユーザーのこーしんりょー@SpiSignalさん: 「『MERCY/マーシー AI裁判』観た。『search/サーチ』の発展版的なワンシチュエーション・スリラーとして楽しいと思う一方、この映画における裁判の凄みはAIというよりも万物へのアクセス権を裁判であれば与えられるという制度設計の方なのではと思わなくもない。そんかツッコミ含めてまあまあ好き。」 / X](https://x.com/KO_SHIN_RYO/status/2015010420780941706) >[!info] > ![[🎞️『MERCY/マーシー AI裁判』#概要]] ### そもそもテメェのAI観はどんななんだよ 昨今の生成AIをめぐるあれやこれやを眺めたうえで、私はどちらかといえばAIに肯定的な立場を取っている。 AIという技術の本質を「疲れ知らずの頭脳労働リソース」と捉えたとき、世界は今よりも良い方向に向かうのではないか、という楽観があるからだ。 仕事を奪われる人間(私を含めて)が出てくることは避けられないだろうが、それを補って余りある便益を人類全体にもたらす――そんな夢を、半ば本気で見ている。 しかし、さすがに「司法をAIに委ねよう」と偉い人が言い出したら、「ちょっと待ってよ」と身構える。 どの領域なら許容できて、どの領域なら越えてはならないのかといえば、結局は程度問題なのだろうが、その分水嶺はどこにあるのだろう。 たとえば責任の所在。「人を裁く」という行為を、「プログラムを書く」「絵を描く」といった行為よりも重いものとして捉えているからこそ、ここには人間の責任があってほしいと、無意識に思っている気がする。 「AIの責任」という文脈で言えば、自動運転車が事故を起こしたときの責任の所在といった議論は、まだ身近に感じられる。 だが「AIが裁判を行う」となると、途端に絵空事のように思えてしまい、そういえば真剣に考えたことがなかったかもしれない。 そんなわけで、「AIが裁判を行う」未来を描いたSF映画が本作[[🎞️『MERCY/マーシー AI裁判』]]だ。 本作を観て私が抱いた感想を、ここに書いておきたい。 結論から言えば、こうである――「これって、AIの問題なのか……?」 ### 情報検索スリラー 観ている最中に思ったことは[[🎞️『search/サーチ』]]っぽいなということだ。この作品は全編がパソコンの画面上で展開されることが特徴のスリラーで、主人公は失踪した娘をさまざま情報を検索(サーチ)しながら突き止めようとする。 [[🎞️『MERCY/マーシー AI裁判』]]はそのSF発展版だ。本作が描くAI裁判では広範な情報源へのアクセス権を「裁判」という名目で与えられ、自らの身の潔白を証明するために事件にまつわる様々な情報を集め、検討していくことになる。 [[AR]]的に表示される大量のウィンドウを行き来する本作のルックも[[🎞️『search/サーチ』]]のパソコン画面を大幅に派手にしたものと言える。もちろん、より手間がかかった画面作りをする分、その中心にスター俳優の[[👤クリス・プラット]]を置くことで大作映画化するところなどはいかにも「発展版」といった感じだ。 鑑賞後に気づいたのだが、本作の監督[[👤ティムール・ベクマンベトフ]]は[[🎞️『search/サーチ』]]の製作にも噛んでいたのだった。なるほどだからかと思わず膝を打ったのであった。 ### だから社会派SFと言うには… 発想の源流が[[🎞️『search/サーチ』]]にあると考えれば、本作は「AIに司法を委ねた社会をリアルにシミュレーションする」作品というより、[[🎞️『search/サーチ』]]で作り上げたフォーマットにAIという流行の設定を加えた作品であると理解できる。 主演が[[👤クリス・プラット]]である時点で、過度に硬派な社会派SFを期待していたわけではないが、この点は鑑賞前にチューニングしておいたほうがいい。 その前提で観ると、個人的に良かったポイントとして導入の世界観説明にある。 マーシー裁判所の成り立ちを紹介ムービーを介して説明するのだが、その所々に観客の不快というか、AIへの反発心を引き起こす仕掛けがある。 その仕掛けによってまるで「ディストピアSF」のように構えて観始めるのだが、ジェットコースターのような怒涛の展開の中でその見方がズレていくところが本作の面白いポイントだ。この点は見事に映画の手のひらで踊らされる爽快感があった。 ## 情報 ![[🎞️『MERCY/マーシー AI裁判』#予告編]] ![[🎞️『MERCY/マーシー AI裁判』#主要スタッフ]] ![[🎞️『MERCY/マーシー AI裁判』#関連リンク]]