# 2026-01-31 [[🎞️『ランニング・マン』]]を観る ## 感想 劇場で鑑賞。 ![Xユーザーのこーしんりょー@SpiSignalさん: 「『ランニング・マン』観た。テレビがその影響力を増大させたレトロフューチャーな世界を舞台に現代的なフェイクによる支配構造を風刺してみせる。「走る男」に革命の英雄像をまとわせ、メディアを通して熱を広げる構造に『バニシング・ポイント』を想起。グレン・パウエルのキレ演技も楽しい。」 / X](https://x.com/KO_SHIN_RYO/status/2017560141252775988) >[!info] > ![[🎞️『ランニング・マン』#概要]] ### テレビ業界が覇権を握るレトロフューチャー 原作は[[👤スティーブン・キング]]が別名義で1982年に発表したSF小説。すでに一度[[👤アーノルド・シュワルツェネッガー]]主演で映画化されている。そして原作では西暦2025年が舞台と、まさに今、再映画化されるに足る理由もある。 オタク監督らしい[[👤エドガー・ライト]]らしい原作チョイスと感じた。 40年以上前の未来予想を反映したかのようなディストピア型のレトロフューチャーな世界観は奇妙で楽しい。 極まった格差社会で、テレビ業界がその格差を維持するための情報と娯楽を牛耳る。インターネットに該当するような情報通信技術はあるのかもしれないが、すべてがテレビに吸収されているようにも見える。 そんな設定周りの「この映画が映す未来予想図」についてはいくらかの忖度力が要求されるかもしれない。いかにも80年代という雰囲気と、現代的なガジェットとが同居する映像にすんなり入っていけるだけの説得力があるかというと微妙なところだ。このあたりは勢いで走り切ろうという意図を感じた。 世界を牛耳るメディアは違えど、そこに描かれるのは2025年。フェイクの時代だ。 そこではインターネットで有象無象がフェイク映像を作るのではなく、映像メディアを掌握する支配者層だけがフェイク映像を駆使して世界をコントロールする。そんな構造のグロテスクさはそこにあった。 そうした形でフェイクへの警鐘を鳴らすことは良いのだが、わざわざ実際にない世界でそんなテーマを語るのもやや回りくどいと感じなくもない。 ### 走る革命の英雄 もちろん[[👤エドガー・ライト]]らしいユーモアとアクションや、[[👤グレン・パウエル]]の隠しきれない色気だけで映画はもつので楽しいは楽しいのだが、プラスアルファがこの世界観、と考えるとやや弱いと感じたというのが正直なところ。 だからそこを埋めるために更なる企画意図を考えるうちに「[[🎞️『バニシング・ポイント』]]をやりたいのでは?」とは思い至った。 走る革命の英雄。それを伝えるマスメディア。そんな基本設定の重複は素直に指摘できる。 加えて監督の精神性。代表作の一つである[[🎞️『ベイビー・ドライバー』]]もカーチェイスと逃走、そしてこれまでの時代を刷新する新しい表現という観点から[[アメリカン・ニューシネマ]]の精神を継ぐ作品と私は捉えている。 ならば[[アメリカン・ニューシネマ]]の代表的作品の一つである[[🎞️『バニシング・ポイント』]]に挑戦したくなる気持ちも分かるというものだ。 そう考えることで企画としての納得感を勝手に抱いたものの、映画として上手くいっているかというと微妙なところで、[[👤エドガー・ライト]]監督作と考えるとあまりノレない残念な一作だった。 ## 情報 ![[🎞️『ランニング・マン』#予告編]] ![[🎞️『ランニング・マン』#主要スタッフ]] ![[🎞️『ランニング・マン』#関連リンク]]