# 2026-02-21 [[🎞️『災 劇場版』]]を観る ![[ネタバレ#^warning]] ## 感想 劇場で鑑賞。 ![Xユーザーのこーしんりょー@SpiSignalさん: 「『災 劇場版』観た。ドラマ版未見。香川照之という究極の存在感を放つ役者がある事件を描いたドラマに映っていたら絶対に「何か」であると観客は疑ってしまう。しかしこの映画で彼はあくまで「何か」の化身であり続け、「何か」でしかない。だからこそ続く宙吊り感が不気味過ぎる。」 / X](https://x.com/KO_SHIN_RYO/status/2025038575151268029) >[!info] > ![[🎞️『災 劇場版』#概要]] ### ドラマは未見だけれども 監督集団[[👥5月]]の二人が監督・脚本を務めるということで楽しみにしていた一作。公開規模も大きくないのでさっと初週に駆けつけた。 本作に参加している[[👤平瀬謙太朗]]監督は間に[[🎞️『8番出口』]]の脚本を挟んでいるが、個人的には監督作である[[🎞️『宮松と山下』]]の印象だ。当時、過去の不祥事が報じられてCMやテレビ番組の降板が相次いでいた[[👤香川照之]]を主演に置き、メタフィクション的な仕掛けがこれ見よがしでなく上品に演出されていて忘れがたい一作である。 思えば[[🎞️『8番出口』]]も「あのゲームの映画化」という企画自体にある種のメタ構造があり、資質に合った作品だったように思う。 この二作を通して見ると、率直なドラマではなく、不穏な空気をギミック込みで演出することに長けたアート系の作家性が感じられる。 ### 「何か」 そして今作[[🎞️『災 劇場版』]]。 同じく[[👤香川照之]]を主演に、一人六役で日本各地で起きる事件・事故のそばにある「男」がいた、というプロットのサスペンスで、WOWOWドラマの劇場用編集版だ。 序盤から複数箇所(横浜、福岡、石川、宮城)の互いにまったく関係のない人物同士の日常が淡々と描かれていく。もともと連続ドラマであるということだけは知っていたので、この時点でおそらく一話完結だったエピソードを同時並行で語る構成なのだと当たりがついた。 互いに関係のないシークエンスが連なる中、ぐっと緊張感が出てくるのが[[👤香川照之|香川]]演じる男がそれぞれのエピソードにほぼ同時に現れるところだ。生真面目そうな予備校の数学教師、パーソナルスペースにグイグイ入り込むトラック運転手、片足を引きずる寡黙な理髪師、大麻売買をする酒屋……どれも[[👤香川照之]]の圧のある存在感が映える役だ。 どのエピソードでも後に人死が出る事件が起きるのだが、明らかに[[👤香川照之|香川]]演じる男がなにか事件に関わっていることは間違いない――ように思われる。というのも決定的な場面は映像として描かれず、事件を追う刑事([[👤中村アン]])も、個々の事件において「被害者の髪が変な切られ方をしている」という共通点から捜査を進めるが、それが他殺であるという確証すらも掴めず迷走していくのだ。 ある事件を描くミステリー作品において、格の高い役者や、存在感の強い役者が演じるキャラクターは大体が真犯人か、ミスリードの役割を演じがちだ。 その両方の資質を持つ[[👤香川照之]]は常にこの事件にかかわる「何か」として画面に存在するのだが、最後まで「何か」以上にはならない。ただただ不穏な空気を生み出すだけの存在である。 本作では個々の事件をその加害者の存在感のなさから災害のようなものとして語られる。殺意なき人死は地震や豪雨、土砂崩れのような自然災害に遭ったことと同じで恨む対象がない、あるいは自然が相手となると存在が大きすぎて恨むことが難しい。 このやるせなさが生じる不幸がどこででも起こり得る。特に自然災害の多い日本で生きるということは、こうした不幸に見舞われる可能性が比較的高いと考えられる。そう考えると自らの生に対しても不穏なものを感じてしまう。 そんなところまで思い至ると、[[👤香川照之]]演じる男の「何か」性がより不気味に感じられる。 例えば[[🎞️『淵に立つ』]]における[[👤浅野忠信]]演じる[[八坂草太郎]]は「罰」が人間の形をしてやって来た化身のようだと思っている。それと同じような、役名のある人物を超えた「何か」だ。そういえば[[🎞️『災 劇場版』]]では鉄橋からの飛び降りや、屋上に干された白いシーツ越しに見える姿など、[[🎞️『淵に立つ』]]を彷彿とさせるショットが多かったように思う。 それをタイトルに習って「災いの化身」と表現してもいいだろう。まるでその人物が現れた場所の付近にいる人物が不思議な力学で死んでしまうかのような――というと[[📕『名探偵コナン』]]におけるコナン君のようでもあるが。 ミステリー漫画として成り立たせるために人が死ぬように、映画の不穏さを成り立たせるために人が死ぬと思えば似たようなものと言えるかもしれない。映画が、漫画が、物語が人の死を望んでいる。だからその作品で人は死ぬのだ。 それを現実世界に落とし込むと、ではこの世界の外側に立つ存在が自然の力を借りて我々を殺すのを「災い」と呼ぶのだろうか。分からない。まるで分からない。だけどそんな分からない世界の中で私は生きている。今日も[[メメント・モリ]]と口ずさみながら。 ## 情報 ![[🎞️『災 劇場版』#予告編]] ![[🎞️『災 劇場版』#主要スタッフ]] ![[🎞️『災 劇場版』#関連リンク]]