# 2026-03-14 [[🎞️『花緑青が明ける日に』]]を観る ## 感想 劇場で鑑賞。 ![Xユーザーのこーしんりょー@SpiSignalさん: 「『花緑青が明ける日に』観た。ミクロからマクロへ、そしてまたミクロへ。花火という巨大な人間の文化的営みと、それまで生きてきた家を守ること、その二つの葛藤の中で若者たちはついに花火を上げる。人物が沈み込むような背景美術が楽しい。」 / X](https://x.com/KO_SHIN_RYO/status/2032719534235463691) >[!info] > ![[🎞️『花緑青が明ける日に』#概要]] アニメーションの絵の質感にビビッときて鑑賞。水彩画のような柔らかい彩色の中で背景に溶け込むような人物描写。 商業アニメーション映画の中ではアートよりな試みだなあと思っていたら、監督は日本画家だという。本作が長編アニメーション監督デビュー。 その日本画風のアニメーションの質感だけでなく、ある人物の酩酊感を表現するためにストップモーションアニメを挿し込んだりと表現の遊びは幅広い。 それでいながら若き花火職人が最後の一発を打ち上げるという青春劇としてのエンタメ性も強く、アートとしてもエンタメとしても志向しているところは好感が持てる。 ただ遊びが過ぎて映画として分かりにくいところも散見される。 特に第一幕。冒頭の登場人物紹介も終わらないうちからの激しいアクション演技は舞台となる花火工場の特徴的な縦長の構造を示す意図もあったのだろうが、カットの繋ぎのせいか誰が・何を起こしたのか把握が難しい。 また、大学を舞台にしたドタバタをジャンプ・カットで見せるシーンではカットの切り替わりの度に妙なSEを入れており、演出の自信のなさを感じてしまうダサいシークエンスになっていた。 そうした映画としてのこなれなさも後半に向けて安定していったように見え、肝心のクライマックスは落ち着いて観ることができた。 76分というタイトな尺と、打ち上げ花火という題材からも想像がつくように、物語としてはある一点でエモーションを爆発させることを狙ったプロットである。そこさえキマっていれば良し、なのだ。 <ruby>花緑青<rt>はなろくしょう</rt></ruby>を使った花火「シュハリ」の謎、その解としての映像が本作最大のお土産だ。 家をめぐる小さな人間の営みのスケールと、夜空で花開く打ち上げ花火という人間の営みのスケール、そしてシュハリの火がまた人々のもとに降り注ぐスケール……。ミクロとマクロを交互しながら花火という一瞬の現象を捉えるのは実写では難しい試みだろう。そこにアニメーションならではのものを感じて嬉しくなった。 ## 情報 ![[🎞️『花緑青が明ける日に』#予告編]] ![[🎞️『花緑青が明ける日に』#主要スタッフ]] ![[🎞️『花緑青が明ける日に』#関連リンク]]