# 2026-05-02 [[🎞️『オールド・オーク』]]を観る
## 感想
劇場で鑑賞。

>[!info]
> ![[🎞️『オールド・オーク』#概要]]
### [[👤ケン・ローチ]]監督、最後の作品
御年90歳の[[👤ケン・ローチ]]監督。一度[[🎞️『ジミー、野を駆ける伝説』]]で引退宣言したもののその後撤回、しかし流石に年齢的にも今作が最後になりそうだ。
私は彼が引退を撤回して最初に撮った[[🎞️『わたしは、ダニエル・ブレイク』]]を初めて観て、社会の不均衡をドキュメンタリーのようなタッチで、しかし強烈な怒りのドラマとして演出してみせた手腕に惚れ込みファンになった。
次作の[[🎞️『家族を想うとき』]]も(邦題はどうかと思うが[^1])現代の労働環境の歪さと搾取構造をこれまた見事な家族ドラマに落とし込んでいた傑作だった。
直近では1877年代に撮られたテレビ映画の[[🎞️『石炭の値打ち』]]のリバイバルを観てキャリア初期からずっと労働者のドラマを撮り続けていることを確認。なかなか日本公開が叶わなかった本作[[🎞️『オールド・オーク』]]の劇場鑑賞にやっと漕ぎ着けた次第。
### 同じ先進国の島国として
舞台は現代、イギリス片田舎の炭鉱町。主人公はその街で最後のパブである**オールド・オーク**を営む男性**TJ・バランタイン**([[👤デイブ・ターナー]])。
映画冒頭から店の看板の「K」の字が傾いておりそれを直すところをコメディとしてみせているが、つまりは特に儲かっているわけでもないという寂れた空気の表れである。
町では近年シリア難民の受け入れを積極的に進めており、昔ながらの店の常連はそんな町の変化を腐しあう。TJは店を維持するために難民に汚い言葉を投げかける常連たちを傍観している。
それは日本でもSNSを眺めていればいつでも観測される光景だ。
現代イギリスの危うい難民・移民事情については現地在住の作家[[👤ブレイディみかこ]]さんのエッセイなどで日本にも伝わってくるものがあるが、先進国における排外主義の空気はどこも共通している。
しかし、そんな空気を醸成しているのは結局は政治だ。不寛容は乏しさから生じる。豊かで余裕があれば多くの問題は縮小していくはずだ。
ところが民主主義国において最も影響力の大きいアメリカの現状を見れば政治を変えることの難しさを痛感させられる。それでは我々市民は今、一体何ができるのだろうか? そのヒントを本作は示してくれる。
TJはかつて炭鉱コミュニティの労働運動の失敗を経験し、「連帯」という理想のコストの高さを知る人物として描かれる。
そんな彼がシリア難民の女性**ヤラ**([[👤エブラ・マリ]])との交流を通じて再び「連帯」の理想に目覚め、困窮する難民のための食堂としてオールド・オークのバックヤードを開放しようと行動に出るところは感動的だ。
バックヤードにはかつての労働運動の様子を捉えた写真が飾られており、過去と現在で形は違えど同じ理想を追求する姿が映画のフレームの中で同居している。そして写真家であるヤラがその様子を撮影し、また未来の連帯へと繋いでいく。写真を介した連帯の連鎖を物語の中で描こうとしているのだ。
## 情報
![[🎞️『オールド・オーク』#予告編]]
![[🎞️『オールド・オーク』#主要スタッフ]]
![[🎞️『オールド・オーク』#関連リンク]]
[^1]: 現代は『Sorry We Missed You』。宅配事業者の不在届を意味するが、家族同士のすれ違いも表す秀逸なタイトル。それと比べて邦題は特徴がなくふんわりとし過ぎていてあまり評価できない。