# 2026-06-17 [[🎞️『Michael/マイケル』]]を観る ## 感想 劇場で鑑賞。 ![Xユーザーのこーしんりょー@SpiSignalさん: 「『Michael/マイケル』観た。それが伝説的スターであると知識としては知っているが自らすすんで触れたことのない対象なので、伝記映画としてどのような距離感で観るべきか戸惑いがあったのは事実。自由に見える人が、自由になろうと自らを律する不自由さを曲作りのシークエンスから感じられた。」 / X](https://x.com/KO_SHIN_RYO/status/2067222989612155085) >[!info] > ![[🎞️『Michael/マイケル』#概要]] ### 伝説は再現してみせたが、そこに魔法はあるか [[👤マイケル・ジャクソン]]は私にとって「伝説上の生き物」のような距離感がある。 一時代を築いた大スターであると同時に、多くの問題を抱えた人物であるという印象だ。というのも、メディアによる二次情報・三次情報ばかりで彼のイメージが作られたからである。肝心の一次情報である彼のパフォーマンスにほとんど触れてこなかったから、時間的にも文化的にも「遠い存在」としてしか認識できなかった。 辛うじてその片鱗に触れたのは[[🎞『ポップスが最高に輝いた夜』]]を鑑賞したときくらいだろうか。それも一昨年のことであり、私の人生においてその伝説的大スターの存在感は希薄だった。 そんなテンションで臨んだ[[🎞️『Michael/マイケル』]]。個人的にはイマイチだった。 それもこれも「映画」としてどうか、という問題のような気がする。 確かに、[[👤マイケル・ジャクソン|マイケル]]本人の甥である[[👤ジェファー・ジャクソン]]がその血筋と並外れた訓練によってかの伝説を再現してみせるそのパフォーマンスは素晴らしいと思った。 だが、「映画」としてどうか。 悪役的に配置された父親との確執を縦軸にスターダムへとのし上がっていく様を見せる本作の語り口は、まるでチェックリストを埋めるかように単発の名エピソードを並べているようで、一本の映画としての流れが弱い。 またその縦軸となるエピソードも、幼少期から厳格な父親に対して面と向かって自己表現ができなかった男が、ついに「目を見て」自分の人生のコントロール権を主張する、というのがクライマックスと考えるとなんとも小さなお話だ。 人物描写においてはボディーガードである**ビル・ブレイ**([[👤ケイリン・ダレル・ジョーンズ]])について、具体的なエピソードは省略しながらも次第に深くなる関係値を理解させる手腕は見事だった。しかし、[[👥ジャクソン5|ジャクソンズ]]として共にパフォーマンスをしていた兄弟が彼についてどう感じていたかなどはもう少し描写が欲しいところだ。 まあ、実在の人物の半生を元にした伝記ドラマとはそういうものだ、といえばそうなのだが、物語としての弱さは間違いない。 しかし、==我々はなにも物語ばかりを求めて映画館に足を運んでいるわけではなかったのだ==。……そのような話を[[2026-05-27 🎞️『サンキュー、チャック』を観る|最]][[2026-06-05 🎞️『シラート』を観る|近]]繰り返しているのだが、ダンスパフォーマンスとしては[[🎞️『サンキュー、チャック』]]におけるあの「映画の魔法」としか表現できない素晴らしいダンスシーンを喰らった後なので分が悪い。 >[!check] > もちろん[[🎞️『サンキュー、チャック』]]という映画は[[👤マイケル・ジャクソン]]というスターとそのダンスパフォーマンスの存在を前提に置いている。やはり[[👤マイケル・ジャクソン|マイケル]]の影響力はとんでもない。 > > - [[2026-05-27 🎞️『サンキュー、チャック』を観る]] だから私としては本作はこれまで「伝説上の生き物」くらいの距離感だった存在が、確かに彼も人間であり、様々な苦労を抱えながらもその並外れた才能を発揮してスターになったんだなあと、発見する映画だった。 ### 小話 キャスティングについて、[[👤マイケル・ジャクソン]]の弁護士を務めた[[👤ジョン・ブランカ]]を[[👤マイルズ・テラー]]が演じていたのが面白かった。 かつて[[🎞️『セッション』|スパルタ教師に芸を叩き込まれた末に潰された男]]が、今度は別の映画でスパルタ父からの解放に手を貸す、と考えると奇妙に胸が熱くなった。 ## 情報 ![[🎞️『Michael/マイケル』#予告編]] ![[🎞️『Michael/マイケル』#主要スタッフ]] ![[🎞️『Michael/マイケル』#関連リンク]]