# 2026-06-19 [[🎞️『急に具合が悪くなる』]]を観る
![[ネタバレ#^warning]]
## 感想
劇場で鑑賞。

>[!info]
> ![[🎞️『急に具合が悪くなる』#概要]]
### 濱口会話劇
[[👤濱口竜介]]監督の新作が、[[カンヌ国際映画祭]]での最優秀女優賞を引っ提げて登場。
本作は企画の時点で驚きがあった。
第一に、[[🎞️『ドライブ・マイ・カー』]]の時点で複数言語が飛び通う作劇をすでにしていたが、ついに本格的に日本を飛び出し、フランスを舞台に撮影をしている点。
第二に、原作が往復書簡という点だ。私としては前例を聞いたことがなく、どんな映画になるのか想像つかなかった。
しかし観てみるとやはり濱口映画、極上に面白い会話劇となっている。
介護施設のマネージャーとして苦戦していた**マリー**([[👤ヴィルジニー・エフィラ]])と、がんと闘う舞台演出家の**真理**([[👤岡本多緒]])、名前が似ているという小さなことから話を始めた二人の会話はほとんど途切れることなく続く。
パリの街を歩きながらの長回し、指人形を用いた掛け合い、ホワイトボードを介してマリーが抱える問題を整理する問答。日本語とフランス語が入り混じり、場面に応じて見せ方を変えながら、一貫して対話を面白く映し続けていくのはまさに匠の技だ。
例によって上映時間は3時間超えと商業映画としては長すぎる尺となっているのだが、こうして誰か親密な相手と語り明かす夜は時間が一瞬で過ぎ去るように、本作もまたその長尺を感じさせない。
### 何が起きるか分からない
「急に具合が悪くなる」。思えば、ここ一ヶ月で観た中で深く刺さった二本の映画は、あることが「急に」訪れることを描いていた。
[[🎞️『サンキュー、チャック』]]は人生最高の瞬間を、[[🎞️『シラート』]]は喪失と死を、映画的な文法やお約束といったものを反故にするような手法で、まさしく「急に」スクリーンに映してみせた映画だったと私は評価している。
>[!check]
> どちらも現状今年ベスト級の傑作で、今はどんな作品に触れてもこの二作の磁場に引っ張られがちである。
>
> - [[2026-05-27 🎞️『サンキュー、チャック』を観る]]
> - [[2026-06-05 🎞️『シラート』を観る]]
その流れで観た本作もまた、タイトル通りに「急に具合が悪くなる」という展開を境に映画が折り畳まれている。それまで一夜を通して語り合った二人の女性が相手取っている「人生」なる強敵との闘いにドライブがかかる。
人生、何が起きるか分からない。闘って闘って闘って、それでもその先にあるのは死だけなのかもしれない。果たして、人生最高と呼べるような素晴らしい瞬間はいずれ訪れるのだろうか?
そんなドラマの顛末はぜひ映画館で観ていただくとして。
この映画にはもう一つ、何が起きるか分からない、と呼べる要素があった。
それが、鳩や猫といった動物であり、あるいは介護施設の入居者や自閉スペクトラム症の少年である。
それらは私にとって、撮影側の思惑どおりには振る舞わない存在のように思える。スクリーンに映ると思わずハラハラしてしまう、あるいは勢いあまって「==予定調和を崩しかねない==」と咄嗟に感じてしまいかねないものを、あえて映画の中に連れてきている。
ここで生じる「ハラハラ」には私が持つ偏見が少なからず含まれている。この映画ではそうした対象と「観客」とが入り混じる状況を作ることで、ある感動的な光景を立ち現せる。それは「正常」と「異常」という区分が揺らぐような光景。あるいは「予定調和を崩しかねない」と感じてしまったことを恥じてしまうような光景だ。
それは確かに素晴らしい光景なのだが、自閉スペクトラム症当事者ではない役者に、自閉スペクトラム症の人物を演じさせた上で、こうした観客心理を利用するような作劇をしたことはきっと議論の的になることだろう。[[🎞️『ドライブ・マイ・カー』]]において手話が物語のために消費されているのではないかという問題提起がなされたが、構造としては近いものがある。[^1]
その是非については正直、私自身まだ判断がついていない。しかし、本作が描こうとしたその瞬間に深く感動したことは確かであると、記録として残しておきたい。
同時に、濱口映画において予定調和を崩す存在とは、むしろ私自身が感情移入してきた側の人々だったということを、[[🎞️『ハッピーアワー』]]や[[🎞️『寝ても覚めても』]]といったタイトルとともに思い出すのであった。
## 情報
![[🎞️『急に具合が悪くなる』#予告編]]
![[🎞️『急に具合が悪くなる』#主要スタッフ]]
![[🎞️『急に具合が悪くなる』#関連リンク]]
[^1]: 
[^2]: